和泉弟姉妹どこへ行く?

ハッスルでプロレスデビューした和泉元彌。
彼は狂言師…宗家と名乗る男…

おい!狂言力ってなんだよ~

自分の狂言見始めは、日生劇場でやった茂山狂言会であるが、
狂言を身近に感じたのは、この和泉弟姉妹からである。

今思うと、何か騙されていたようで、恥ずかしい。

まだBSあたりで、染五郎さんや東儀さんらと共演していた
テレビに出始めの頃は、今なき渋谷ジャンジャンや、
銀座能楽堂で月1ペースで公演をし、宝生能楽堂で
会など開いて、弟姉妹でトークや狂言や小舞2題ぐらいを
細々と演じてられていた。月1で足を運んでいた。
セッチーこと節子さんも、アナウンスをしたり、入場で挨拶したり
著書を読んだりすると、家族ぐるみのアットホームな手作りっぽい
狂言会と好感
もっていた。

しかし、そのころから、
なんで同じ和泉流の万作家又、茂山家、山本家などと共演しないのだろう…
なぜ淳子・祥子(三宅藤九郎)姉妹が「女性初狂言師」と強調するのだろう…
などと疑問はあった。

紅白や大河などテレビ出演が多くなるにつれ、狂言会も行列が
できるほどになり、その裁き方が能楽堂任せで、弟子は手伝わず、
開演時間もすぎ、整理しないから札止めを食らう観客を見かけたり
すると、この弟姉妹を見る気がしなくなったのだ

そのころ、たまたま茂山千五郎家の狂言会へ行きだし、出演者自ら
切符切りや、案内などをしているのを見たからかもしれないので、
雲泥の差を見た感じがしたのかもしれない。
(たいした理由でないのだが)

見なくなってからは、マスコミが騒いだ”ドタキャン”や、
”セッチー”節、”能楽協会除名”など一連の事件が起こった。
疑問は何となく伝わり、なんか”騙された…”感じがしたのだ。自分も悪いのだが。

今思うと、「行列に並ぶのイヤ」で見るのやめたのが、よい引き際だったのかも。

除名問題の際は、「僕の芸が未熟だとか、人に言われたくない」って言っていたけど
芸は当たり前だが一生精進と思うし、人を引きつけなければならないと考える。
”宗家”ってついたら、何もしなくても…と守りでなくて、いつでも攻めでいなければ
ならないと思うのに、彼は守りに入ってしまった。
肩書きついたら、急に威張り出す管理職のようなものだ。

一連の事柄が終息してからは、細々と公演をしていたようだが、
そうしたら、今回の「プロレスデビュー」である。
”狂言力”って能楽堂の舞台で発揮して欲しい。

彼にとっては攻めかもしれないが、マネジメント間違えた経営者みたいである。
お金と名誉…人は変わる…をホント地でいっちゃった典型である。
草葉の陰でお父様の和泉元秀さんは泣いていると思う。

顔が売れる前の家族ぐるみで細々とやっていた頃が懐かしい。
あの原点に返って欲しい。
まあ、俺みたいな人間に言われたかぁ~ないと思うが。

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