24年12月31日 勘三郎さん

今年もあと数時間となった。
今年は後厄の年で、公私共にいろいろな経験や
刺激もあったと思います。
正直しんどかった…と。

最近はmixiやフェイスブックばかりかじってしまい、
更新もなかなかできなかったブログで申しわけ
なかったですが、今年もごらんいただき…のぞいて
いただき…お邪魔していただき有難うございました。
書き溜めてしまったものは追って記述していきます。

勘三郎さんのことを書かないと次にいけない気がし
拙い文だがつきあいください。

しばらく終電近く午前様帰りで朝なかなか起きられ
なかったのだが、この日(平成24年12月5日)だけは、
ふと目が覚め、めざましテレビのニュース速報で
中村勘三郎さんの訃報を知る。

歌舞伎を見始めて20年あまり、勘三郎さんを見たのは
まだ勘九郎を名乗っていた歌舞伎座での納涼花形
歌舞伎が始まった年からで、"勘九郎さん、次、何
やっているくれるのか…"と歌舞伎観劇=勘九郎さん
だった。観劇そのものが勘三郎さんで、大げさながら、
その観劇が青春といっても過言でないかもしれない。

古典及び新作、時代物・世話物・舞踊と何でもこいで
観ている者を圧倒させ、また主役だけでなく、脇に回って
主役を盛り上げることもあった。
八月納涼歌舞伎や大阪中座での七月歌舞伎、やがて
渋谷・シアターコクーンでのコクーン歌舞伎、浅草パラダイス、
平成中村座、野田歌舞伎など新作や新演出などもされ、
古典を踏まえての現代に生きる歌舞伎を常に模索されて
いた。
だから、5月まで浅草で平成中村座でロングラン公演をされ、
それから半年ぐらいでこのようなことになるとは考えられない。
新しい歌舞伎座には立ってくれると思っていた。
残念で惜しくホント寂しい、悲しい。もっといろんなお役を見た
かった。本人が一番悔しいと思う。

亡くなって追悼番組もあったが見るのが辛く、やっと見られた
のが、舞台中継の髪結新三と鏡獅子。
勘三郎さんの新三の表情一つ一つにうならされたりした。
共演が芝翫さん、富十郎さん、源左衛門さん、四郎五郎さん
芦燕さん(鏡獅子)など鬼籍に入られた方も演じてられて
なんか切なくなった。

職場にもお許し(休暇)を戴き、12月27日の本葬告別式
にも参列させていただいた…
泣かないだろうと思ったが、やはりご遺影を見上げたら、
自然と目が潤んで嗚咽するぐらい涙があふれてきた。
ここで初めて現実を受け止めた気がした。
"今まで有難うございました"とお礼と手を合わせてきました。

亡くなった後見たのは、南座での五六段目や対面、船弁慶、
演舞場での籠釣瓶と、ふと勘三郎さんを思い出すお役の数々
であって、一時は"もう芝居は見ない"とも思ったが、京都南座
での勘九郎さん、七之助さんの活躍を拝見し、勘三郎さん後の
歌舞伎を見守ろうと思いました。
また飲み屋の女性(中華系)と話していたら、歌舞伎や能狂言
など演劇の話になり、ヲタ並みに語っていたら、勘三郎さんという
役者がいたことを伝える(おこがましいが)こともあるのかと
思いました。

勘三郎さんの急逝、芝翫さん、雀右衛門さんの逝去、染五郎
さんの怪我、仁左衛門さんや団十郎さんの休演など新装
歌舞伎座開場前にいろいろとあるが、そんな想いを背負って
新しい歌舞伎座は開場する。

勘三郎さんのほか森光子さん、地井武男さん、小沢昭一さん、
大滝秀治さん、古今亭円菊師匠など舞台やテレビで拝見した
方が亡くなっている。改めて哀悼の意を表したい。

来年はどうなるか…わからない、仕事は立場も含めてしんどく
なるだろうが、いい刺激として、嫌なことは心の叫びとして、
乗り越えていくしかないと感じる。
厄が明けて些細なこともでいいから、なんかいいことがあれば
いいなあ。イイ芝居もまた見たい。
今年も有難うございました。
来年も懲りずに宜しくお願いします。
(長々申しわけございません。)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック